舞台「No.9 不滅の旋律」東京公演感想〜歓喜へ
■演出:白井晃
■脚本:中島かずき
⭐️とにかく、ベートーヴェンに扮した稲垣吾郎さんが素晴らしい熱演でした!!
1800年、ウィーン。作曲家ベートーヴェン(稲垣吾郎)は、聴覚障害に犯され始めていた。音楽と孤独に向き合い、身分の差から愛する人ともうまくいかず、その心は荒んでいく。しかし、ピアノ工房で出会ったマリア(剛力彩芽)や弟達をはじめとする周囲の人々との触れ合いが、彼に変化をもたらし始める。(公式サイトより)
ラストシーンに向かって稲垣さんの集中力がぐんぐん高まり、劇場全体が歓喜のクライマックスに。
演出も他のキャストも、そして観客さえも、その歓喜の瞬間をめざして共同作業をしたように思います。すっきり爽やかな心の運動のような。
第九交響曲は、演奏会でも最後の「合唱」に昇天してフロイデ!っていう達成感があるけれど、この舞台もプロの技にしっかり酔わせていただきました。
ベートーヴェンを支えるマリア役の剛力さんは、気丈な感じが似合っており、片桐さんをはじめ他の役どころも前に出過ぎず、時おりスパイスを聞かせて心地よいバランス。
お目当の鈴木拡樹さんは、ベートーヴェンの弟・ニコラウス役で、兄の気難しさに戸惑いながらも、細かい目配りと、いざというときの動作が速くて実務能力が高い。という弟のキャラクターをうかがわせていました。でも、もっとできるよね?
最初からフィクションだと思って観ていたので、人物の描き方に違和感はありませんでしたが、まだ公演は1月まで続くので、少し変わってくるかもしれません。
というか、それが楽しみです。
以下、ネタバレを含みます。
◇政治は変わるが、芸術は不滅でした
再演で脚本に手を入れられたそうですが、あえて時代背景やベートーヴェンの苦悩を分かりやすくしたストーリー。
ナポレオンの盛衰を時間軸とし、貴族社会から市民社会への転換期の様相をシンプルに打ち出して、
「政治は変わるが、芸術は不滅だ!」が強調されていました。
ベートーヴェンの音楽はもともとよく聴いているので、「芸術は不滅だ!」は実感できるところです。
何よりも、音楽の生演奏が雄弁でしたね。舞台脇に2台のピアノが置かれ、末永匡さん、富永俊さんが次々とピアノソナタを聴かせてくれました。アンサンブル役を兼ねたコーラス隊も迫力満点。
楽曲はあの時代、そう200年以上も前に作曲され、今なお愛されている!!
◇とても心地よい舞台
ストーリーのラストが「歓喜」ということもあり、全編を通して辛い気持ちになることは全くありませんでした。
ベートーヴェンの周囲にはメルツェルやヴィクトルといった、やや胡散臭い野心家もいるものの、彼を理解しようとしてくれた人たちばかり。
「人間は難しい・・・」と孤独を感じても、パトロンを得られる程度には人付き合いができる。弟たちは優しく、ピアノ工房も理想を持って創作に励んでくれるーー愛したヨセフィーネはベートーヴェンを裏切るけれど、魂の奥深くで通じ合っているーー甥のカールは命をとりとめ、この先もマリアという有能な支えがあって。
ーーなんだか、幸せな人では?
いえ、少年のうちから家族を養わねばならず、父親から受けたトラウマ、失われる聴力、貴族社会や権力への抵抗と、多くの苦悩を背負っていたのでしたね。
ですが、舞台ではベートーヴェン、あるいは稲垣さんが超人的に強くに見えて、「不幸や政治の圧力も乗り越えられるはず!」と信じられたからかもしれません。
ともかくも、膨大なセリフを回し切り、信念と情熱を表現し続けた稲垣さんに感動しました🎶
◇ニコラウスさんにも期待
鈴木拡樹さんファンなので、どうしてもニコラウスを追ってしまいますが。。。
実際のベートーヴェンの弟のうち、カスパールは音楽の仕事をしたようですが、ニコラウスは薬剤師で、薬局経営に成功している人なんですね。
ベートーヴェンの弟たちのことを悪く書いている書籍もありますが、少なくともニコラウスは合理的な近代人で、適応能力が高かったのではないかしら?
という目で、舞台の拡樹さんを観てたんです。
ベートーヴェンの弟ニコラウスは、ずっと兄を敬愛している・・・という印象で、若い年齢から中年に至る年代ごとの兄への敬愛を、よく演じ分けていました。
まあ、よく気がつく弟で、対応が速い!!誰かが暴力を振るったり激昂したりすると、まっ先に身体を張って止めにかかる。三日月宗近は殺陣の時、広い歩幅で翔ぶが如く動くけれど、ニコラウスの俊敏さもなかなかだと思いました。
マリアへの告白は、可愛いですね。
そのニコラウスも、混乱の時代に事業で成功しているわけですから、”清濁併せ呑む”タイプだったのでしょう。
警官に賄賂を渡す場面の指の動きが、まるで手品のように鮮やかで、「成功するにはピュアではいられない」の片鱗を見た気がしました。
ベートーヴェンがマリアに支えられて音楽を取り戻す、最後の長いシーン。居合わせたキャストたちはじっと2人を見つめています。
ニコラウスも固い表情をほとんど崩さないのですが、ベートーヴェンに再生の兆しが見えた時、わずかに目尻が動きました。目元が光っていたかもしれません。
兄とマリアの言葉を聞きながら、ニコラウスはずっと何を考えていたのだろう?
もちろん兄の復活を祈っていたはずだけれど、実業の世界に身を置いた彼自身も、若い頃の純粋さを思い出していたのでは。。。
音楽家の家に生まれながら、音楽の道には進まなかったニコラウスの心情を、拡樹さんがどのように捉えているのか、ぜひ知りたいところです。
次はクリスマス時期に横浜公演を観る予定です。ちょっとしたたかなニコラウスも見たいと期待しています。