Dolaの観劇・鑑賞日記

演劇やアートに心ときめく日々の記録です

舞台「No.9 不滅の旋律」横浜公演感想〜自分の歌を

■出演:稲垣吾郎剛力彩芽片桐仁村川絵梨、鈴木拡樹ほか

■演出:白井晃

■脚本:中島かずき

■劇場:神奈川芸術劇場KAAT(2018/12/23ソワレ)

 

東京公演(2回観劇)から約1ヶ月、3回目の観劇です。

座席は最後から2番目列。サイドブロックとはいえ全景がよく見えました。

舞台美術も役者さんたちの緻密な動き方も。そこにピアノ2台の生演奏、録音でのオーケストラの音が入り、照明のメハリもあるーーー。

描かれたのは、1800年から1826年あたりまで。1800年はナポレオン率いるフランス軍オーストリアが大敗した年で、その後のフランス軍によるウィーン占領、ナポレオンのロシアでの敗北(1812年)、「会議は踊る、されど進まず」のウィーン会議メッテルニヒの圧政と、社会のしくみも人々の価値観も大きく転換した時代でした。

ベートーヴェンの音楽の追究はそれじたいがドラマチックですが、時代背景が分かりやすく織り込まれたことで、登場人物たちの行動にリアリティを感じることができ、群像劇としても楽しめる舞台だったと思います。

 

以下、ネタバレがあります。

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◇舞台美術が楽しい

舞台全体がピアノの構造のよう。天井から何本も張られた細いワイアーはピアノ線を思わせ、舞台に立つ柱はハンマーのようーーというのは後方席から見て実感できたのですが、最初は「これはなんだろう?」という謎解きが楽しかった!

ナポレオンの盛衰を表すのに有名な絵画が使われたのも、世界史の教科書みたい。折しも東京では「ルーブル展」が開かれたばかりで、舞台では使われなかった作品ですが、ナポレオンの肖像画が公開されましたね。超ハンサムな。

 

◇役者さんと役柄の感想

稲垣吾郎さん(ベートーヴェン

もう、立派としか言いようがないです。膨大なセリフの内容が、音楽、政治、家族問題、恋愛と幅広く、それらが違和感なく発っせられるのは、吾郎さんの教養や研究の賜物でしょう。腕を後ろで組み、前のめりで歩く姿も既視感があり、受け入れやすかったです。

 

☆鈴木拡樹さん(ニコラウス)

ファンなので、自然と追ってしまいます。横浜公演は東京以上に役の性格をはっきり出していたと思います。

◎ニコラウスの「個」の構築と、次兄カスパールの悲劇との対比が明確

2幕目、ニコラウスはベートヴェンの元を離れ、自分の道を歩きはじめてから、自信をつけていったことが伝わりました。

それを際立たせたのは、1幕目からの次兄カスパール役の橋本淳さんとの対比だったでしょう。橋本さんは兄ベートーヴェンの強烈な個性にスポイルされてしまった、弟の悲劇を醸し出されていました。

カスパールというクッションがあったから、ニコラウスは「個」を築けたーーそう思わせる2人の演技でしたーどちらも魅せてくれます。

 ◎ニコラウスがなぜ薬剤師になり、薬局経営で成功できたのか

そのことに興味があったのですが、今回の舞台では「フットワークと実務能力に優れていたから(かけ引き上手というよりも)」と納得できてしまいました。

後方席から見ると、拡樹さんの動きの速さが際立っていました。ベートーヴェンを探して街を走り回るシーン、誰かが乱暴な振る舞いをすると、サッと身体を張って間に入るシーン。ほんとに速いっ!

そして、メモの書き方としまい方、ベートーベンに見せる会話帳の角度、裁判書類の見方。まったく有能なビジネスマンぶりです。そういえば、「髑髏城の七人」で天魔王がエゲレスからの手紙を読むシーンでも、英語なので目線を横に動かしていましたね。

別の舞台のインタビューで、役作りについて「たとえば鉛筆を落としたとして、その役の人はどんな動作をするかを考える」と答えていらした。今回もニコラウスの日常を生きているのでしょう。

◎ニコラウスは相応に年齢を重ねていた

劇が進むにつれ、ニコラウスが年齢を経たことが、ちゃんと観てとれました。髭よりも立ち姿の印象だと思いますが、だんだん身体の筋肉が下がる感じ。上手です。

◎マリアに憧れていたけれど

マリアへの初々しい告白が実らなかったニコラウス。でも、そのことよりも、彼が気の毒だなあと思ったのは、もっと後になってからのシーンでした。

「マリアに、死に瀕したカスパールとベートーヴェンの関係修復を頼んで、断られた」「マリアは、カールの親権を母親から奪う裁判の代理人をしたと考えられる」

カスパールの件ではマリアの変貌に驚き、落胆した様子が見えました。カールの裁判結果がわかるシーンは、もはやマリアには苦い感情だけだったのではないかしら。。

 

剛力彩芽さん(マリア)

マリアという大役を手堅く演じていらっしゃいました。マリアは心情が複雑に変化するキャラクターと思われ、どのような解釈になるかが楽しみでした。

登場した頃のマリアは、一本気で曲がったことが嫌いというタイプ。剛力さんにぴったりの役どころです。それが、ベートーヴェン代理人になると決めた時から、したたかなプロモーターに変わっていくわけです。

意に沿わない演奏会でも“ベートーヴェンに必要なことなら”“金の卵を産むガチョウに乾杯”して仕切る。優れた音楽を生むためには何だってやる!という覚悟を見せてくれます。

でも、ちょっと分からなかったのは、ベートーヴェンへの愛なのか、音楽への愛なのか、というところ。

セリフだけ聴くと音楽への愛の方が強そうですが、最後のベートーヴェンを母のごとく抱きしめるシーンを見ると、ベートーヴェンへの盲目的な愛と受け取れなくもないし。

最後のシーンでのマリアの設定は、第九「歓喜の歌」のシラーの詩と合わせて考えるとよい気がしますが、う〜難しい。いずれまた。

 

☆清水元基さん(フリッツ)

水元基さんが演じたフリッツは、とても印象に残りしました。情勢によって態度を変える役どころですが、大きな身体で権威を代弁する一方で、不安そうな表情を漂わせ、「ああ、ふつうに血気盛んな若者の経緯はこうだったんだろうねえ」と思わせてくれました。

ベートーヴェンが旧体制と新体制の間で苦悩する人とすれば、フリッツとニコラウスは、新しい時代に生きる人の象徴だったでしょう。フリッツは政治権力に順応し、ニコラウスは科学と経済の道に進みました。

カールの自殺後、ベートーヴェンがフリッツに言った言葉「お前はお前の歌を歌え」。この言葉が大団円に繋がっていくわけで、フリッツの設定はとても巧み。

あらためて、精緻に組み立てられた脚本と演出に拍手したいです。

 

◇「お前はお前の歌を歌え!」

第九の「歓喜の歌 」は合唱なので、みんなで一緒に歌うことが強調されます。この舞台も合唱で終わりますが、そこに流れるのは「お前はお前の歌を歌え」だと思いました。

どのような立場や思想の持ち主であっても、皆が自分の歌を歌い、それが素敵なハーモニーとなるーーという理想。

3回目の観劇で、いちばん強く受け取ったのは、そのことでした。新年に向けて、何か勇気が湧いてくる気がしました。やはり年末に第九は似合います。

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ベートーヴェンをめぐって

ベートーヴェンには関心があり、観劇前に少し本や映画に接したので記します。

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☆書籍「No.9 不滅の旋律」(中島かずき

 2015年の初演のときの脚本です。

☆漫画「ルードウィヒ・B」(手塚治虫

 残念ながら、亡くなられたので未完です。ベートーヴェンをモチーフにした創作で、ルードウィヒに悪意をもキャラクター(フランツ)の設定に惹かれました。

☆映画「敬愛なるベートーヴェン

 ベートーヴェンの晩年を支える女性の写譜師。フィクションで、純粋に音楽に身を捧げるストーリー。

☆映画「不滅の恋/ベートーヴェン

 フィクションです。ベートーヴェンの”不滅の恋人”が誰は永遠の謎だったはずですが、この映画では明かされるんです。カスパールの結婚に反対したのも納得。

☆書籍「ベートーヴェンの生涯」(青木やよい)

 ベートーヴェンの姿は、最初の伝記作者である秘書シントラーによって、かなり歪められたと書かれています。ロマン・ロランも影響されてしまったとか。ベートーヴェンの弟たちは、後世の評判ほど悪くなかったのでは・・・と思いたいです。

☆書籍「ベートーヴェン交響曲」(金聖響玉木正之

 第1から第9まで、面白いエピソードがたくさん書かれています。「のだめカンタービレ」が流行った頃に入手しました。

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